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伝説の外野トリオ。森本稀哲が語る「外野の守備で試合に勝つ方法」

もともと内野手で、途中から外野手になったんですけど、新庄さんの守備はうまかったですね。

ただ、僕はそこまで肩が強いタイプではなかったので異なる部分の方が多いですが、でもやっぱりポジショニングとかは本当に勉強になりました。

 

外野と言ってもレフトとセンターは違うものです。

やっぱりセンターは花形ですし。

糸井選手が出始めた当時、僕はセンターを譲りたくなかった。

でも糸井選手の方が能力が高く、僕はレフトに移った。

でも、その後は任された場所を全うしようと思いながらプレーしていましたね。

 

ゴールデングラブは野手の大半が憧れ、目標にしていると思います。

だからこそ獲れた瞬間は、最高に嬉しかったですね。

新庄さんと稲葉さんと3人、鉄壁の外野が揃って受賞した時は最高でしたね!

「外野の守備で勝つ!」という意識でやっていたので。

自分一人でももちろん嬉しいですけど、3人で獲れたっていうのは、本当に嬉しかった。

ほかの2人が獲得したことも、自分のことのように喜んだことを今でも鮮明に覚えています。

僕はお二人についていく形で獲らせていただいたので、言葉では言い表せない気持ちになりました。

プレーだけではなく3人で連係して守備をすることに重きを置いていたので、なおさら嬉しかったですね。

意識も連係も他のチームの外野とは違います。

新庄さんが動いたら僕と稲葉さんも一歩、二歩と動いていました。

新庄さんが「1球1球俺を見ろ」と言っていたので、投手がボールを投げるたびに動きを変えていました。

新庄さんがセンターなので、基本的には舵取りをしてくれていましたね。

 

私は、かなり早い段階で内野から外野にコンバートしました。

例えば糸井嘉男選手なんかはピッチャーで入りましたけど、大学時代にはリーグMVP・最優秀投手・ベストナインとタイトルを総なめ。

あそこまでやり切ったからこそ、野手に転向しようと踏ん切りがついたのかもしれない。

でもそこでね、ピッチャーとしてドラフト1位で入ってすぐに野手にできるかって言ったら、そこはやっぱり難しいところじゃないかなあと思いますね。

もし指導者になったら、選手に転向を勧めようと思います。

適正をいかに早く見つけるかどうかも大事ですけど、やっぱり本人が納得しているかどうかのほうが大事だと思うんですよね。

最近はそういう事も含めて、少し考えたりもしていますね。

どこかで絶妙なタイミングがあると思います。

一番いいのは、本人とチームスタッフの両者が納得できるときじゃないですか。

結局、コンバートはチームのためにするので。

「この選手はこのポジションにした方が伸びるのでは」といった可能性が出てくれば、その後のチームにとっても良いことじゃないですか。

もちろん本人のためでもありますが、忘れちゃいけないのは、本人の考え方がブレることなく続けることだと思っていますね。